ヤングビーナス薬品工業

「いのち」に傷つき、「いのち」に目ざめて 創始者 佐分利清一

別府温泉天然湯の花入り薬用入浴剤を創造、開発したのは、弊社創業者佐分利清一(故人)です。

奈良県、高取の地に生を受けた彼は、剛直な気質にとみ、若くして会社経営を軌道にのせ、壮年期には十指に余る企業を運営していました。

特に鉱山業においては大きな財をなしたと伝えられています。

ところが昭和25年、経営していた九州の鉱山で落盤事故が発生。幾多の人命が失われました。

直接手をくださずとも、尊い命を失くしたことにかわりはなく、「いのち」の重みは彼に大きな衝撃を与えました。

この事故をきっかけに、彼はこれまでの会社を全て整理し、深く人生を顧みるに至ったのです。

彼が47歳の時でした。

長い省察三昧の末、たどりついた境地は「現世の利益ではなく、日々心の遺産を積むこと、残された人生を社会貢献へ尽すこと」だったといいます。

昭和25年といえば、終戦の混乱もようやく沈静化の兆しをみせていた頃、その一方で日本の保養地はいずこも戦いに疲れきった人々が、傷をいやすために集まってきました。

全国一の湧出量を誇る別府もご他聞にもれず、多くの人々が温泉を求めてやってきたのです。

訪れる人の病はさまざまでした。傷を受けた人、当時蔓延していた疥癬(皮膚病の一種)に悩まされている人、栄養失調、結核・・・と、まるで巨大な野戦病院のさまであったと伝えられています。

この時代、温泉の効果は大変なものでした。

単に局所的な治療にとどまらず、からだの疲れをいやし、全体の調子を整える作用、つまり温泉本来の作用がいかんなく発揮されました。

端的に言えば、戦いに疲弊した人々に“生きる気力”をつちかってくれたともいえるでしょう。

こうした天然のめぐみに創始者佐分利清一は強い感銘を受けたといいます。

そして彼の胸に一つの計画が芽生えました。

それは、この温泉の恩恵を全国に広められないかということです。

今の時代こそこのような混乱期であるが、将来必ず真の意味でのすこやかさを希求する時がくる。

しかもそれは自然の流れにさからわないもの、天然の素材を生かしたものが求められるはずだ。

人間も大きな自然の一部であるならば、その法則にそぐわないものがどうして生命をもちえよう。

そもそも人間は本来備わった自己回復力があるはずだ。

その機能を高め、一切の副作用の心配のないもの、それこそが温泉ではないか。

地球のめぐみであるこの温泉をどこでも自由に得られたら…。

これこそが社会へ貢献できる道ではないか。

そんな折、創始者の目に映ったのは、この地方特産の“天然湯の花”だったのです。

この豊かなめぐみの温泉を、誰でもが使えるようにしよう。それがひいては「いのち」を大切にすることになるのならば…。

彼の第二の人生のスタートでした。

別府温泉の天然湯の花を主原料とした薬用入浴剤が完成したのは昭和36年、研究開始から11年の歳月が流れました。

時に佐分利清一58歳。

齢、60間近にして、彼はその製品を自転車に積み、一軒一軒の扉をたたき、温泉を語り、効能を説きました。

その当時は浴剤というものの認識が薄く、生活の水準も低く、推進活動は困難をきわめました。

しかし製品を開発すること、そしてそれを推進すること、此のいずれもが「いのち」にかかわること、これが彼の信念の当然に帰結でした。

創始者佐分利清一の信念は、晩年まで、毫もゆらぐことがありませんでした。

製造一号機 社宝のタライ

創業当時、創始者は最初の機械ともいえる、一個のタライから入浴剤の製造をはじめました。

強酸性を示す“別府温泉精製湯の花エキス”とアルカリ原料と酸性の各原料を適宜に調合し、直に手の感触で反応を確かめ、撹拌し製造をしたのでした。

大きなシャモジでタライ一杯分の製品を製造するのに何百回となく原料を撹拌し、一日に何十杯となく繰り返しました。

夜遅く、ようやく腰を上げると、重なる疲労から両手を上げることも、食事の箸を握ることさえもできないこともあったそうです。

創始者は座右の銘『人生我勝』の精神でそうした苦労を乗り越え、今日の製造法の基礎を築きました。

現在そのタライの一つが社宝として大切に保管してあります。

ヤングビーナスの歴史は、この一個のタライから始まりました。

社名“ヤングビーナス”命名の由来

ヤング(Young)とは若々しい、元気な、あるいは新しいということを意味します。

一方ビーナス(Venus)はローマ時代の神話に登場する愛と美の女神です。

ギリシャ神話ではアフロディテ(Approdite)として表現されていますが、いずれにしろ古くから“再生”や“豊穣”をもたらす“命”の象徴として伝承されてきました。

古代の詩人達は好んでビーナスを讃える詩を作りました。

中でも有名なのはホメロスで、海の波から生まれた彼女がオリュンポスの神々のところに赴く様子をこう伝えています。

そこへ西風の息吹の湿り気をおびた力が/彼女、を輝く海原の上を/柔い泡に包んだまま運んだ/ そして黄金の髪飾りをつけた季節の女神達が/喜んで彼女を迎え/不死の衣を着せてやった/ 神々しいその頭には/黄金の冠を置いてやった/

海から生みだされた“命”がさまざまの自然のめぐみの中でささえられ、はぐくまれ、そして次の世代に伝えるための実りをもたらす。

そこにとこしえにつらなる“生命”の連鎖があることが、この詩からもうかがえます。

新しく、若々しく、そして活発な“生命”の躍動 — それがヤングビーナスなのです。

ヤングビーナスという名前がうまれたのは昭和33年(1958年)のこと。

製品の完成を間近にし、その不可思議な効能・効果に目をみはった創始者自身の発想により、この名が考案されました。

広く美と愛という範疇にとどまることなく、永遠の生命をやどすという意味をたくしました。